カテゴリー「travel」の記事

岐阜で長良川の鵜飼いを見る

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今日は「近場で非日常を」がテーマである。

連休を利用して岐阜の長良川の鵜飼いを見物してきました。

近場なのにこれまで行ったことがなかったです。

連休の中日だけあって人が多い。

川の上は観光客をのせた舟で大混雑である。

母が孫たちに、鵜飼いという無形文化財を見せたい、

と言わなければ私も来ていなかったかもしれない。

船の上で鮎のお弁当を食べ、日没を待つ。

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7月だと日没が遅いので鵜飼いが始まるのもゆっくりである。

ただ自然をながめて、金華山をながめて、ぼうっとするのもまたよい。

日が暮れてようやく鵜飼いがはじまった。

六艘の鵜舟が篝火をたき、舟をたたいて音を出し、

眠っている鮎を起こす。

そうしてから鵜匠たちが鵜を使い、鮎を捕まえるのだ。

かの信長公も鵜飼いを楽しんだそう。

「殿様みたいな気分だァ」

と同乗のお客さんが言っていたが、本当にそうである。

静かで猛々しい。

篝火がをたいた鵜舟が傍を通過した時、熱かった。

岐阜というと、どちらかというと地味なイメージで、

これといった観光スポットが思いつかなかったが、

長良川の鵜飼い、というものがあったんですね。

鵜飼い乗場の近くには長良川温泉を楽しめる感じのよい旅館や、

街並みがあって、また行ってみたいですね。

最近は国語力UPのため子ども達に日記を書かせているので、

これで3回目の鵜飼いブログな気分である。

ありがとうもさよならも言えずに・・・


(c) .foto project

ひとり旅を楽しんでいた頃、旅先で何かとよくバイクのライダーに遭遇した。だが、私自身はバイクに乗りたいと思った事は一度もない。それはやはり幼友達をバイク事故で亡くしているからである。

私が彼女と友だちになったのは小学一年生の頃。ケタケタとよく笑う、元気な女の子だった。家が近所だったので、私たちはすぐに仲良しになった。それからいつもいっしょに遊んでいた。

彼女の家は少し複雑だった。“ある朝、目が覚めたらママが、バイバイって手を振って、妹を連れていなくなっちゃったんだ・・・”そんな話を公園で遊んでいる時にしてくれた。でも彼女はいつも底抜けに明るかった。

一度だけ、彼女の事を嫌いになりそうになった事がある。私が感動して彼女にも貸してあげた、ナイチンゲールの伝記のマンガ本の表紙が、ボロボロになって返って来た時。「あんなヤツ、もうキライだー!」と。

でも結局は許した。明日一緒に遊んでくれる友だちなら、子どもの私は何だってよかったのだ。

彼女はおうちで大変なことがあったのに、めげずに頑張っている、エライ(すごい)やつだ、子どもの頃は、勝手にそう思っていた。

中学生になっても 彼女はやはり仲のよい友だちのうちのひとりだった。お互いの生徒手帳に「友達の誓い」というものを書いて、それを放課時間に読みあったりもした。

しかし、中学二年生になってからクラスも別々になり、少し勉強が難しくなってくると、彼女の生活は荒れだした。私たちとも遊ばなくなってしまい、彼女は「不良グループ」と呼ばれるひとたちと一緒に遊ぶようになってしまっていた。あのよくケタケタと笑う、元気な彼女は、もう私の友だちではなくなってしまった。さびしいけど、仕方がない。

高校生になった頃に、「彼女がバイク事故で亡くなった」と別の友人から聞いた。しばらく彼女のことは、こうして進路も別々になってしまったし、勉強、勉強と追い立てられる日々のなかで、忘れてしまっていたが、さすがにショックを受けた。そしてようやく気づいた。彼女は私たち前では暗さなんか見せないように、明るく振る舞っていただけで、本当は強くなんかなかったんだなと。ママがバイバイと手を振って妹と家を出て行った時に、彼女の心は既に壊れてしまっていたんだなと。

彼女に、ありがとうも、さようならも言えなかった。

どんなにつらいことがあっても、彼女が死ぬ必要なんてなかったのに。彼女は親の勝手な都合で殺されたとしか思えないのだ、一応バイク事故死という事になっているが。

近所の男の子で、兄の友人もやはりバイク事故で早逝した。その家は両親が過保護で、買い与える必要のないものを買い与えてしまった。葬儀ではかっこよくバイクにまたがる男の子の写真が大きく飾られていて、その前で両親は号泣していた。

だからどちらかというと私は徒歩で、ゆっくり旅をするのが好きですね。若くして亡くなった友人たちの分も人生楽しんでやろうとどこかで少しは思っている・・・のかもしれない。

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「西郷どん」で思いだす20代南九州ひとり旅




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「西郷どん」を観ていると毎回ドーンとTV画面に桜島がうつる。だからどうしても思い出してしまうのである。南九州をひとり旅したのは1996年、22歳の春ですね。何であの時に九州をひとり旅してやろうと思い立ったのかよくわからない。でもヘンテコな若いエネルギーにあふれていた。恐らくそれらをもて余していたんであろうと思う。

まずは大阪からフェリーで宮崎に行き船中泊。そこからは指宿と桜島に宿を取って帰りは鹿児島から飛行機で帰る。それ以外ほとんどノープランです。行けばなんとかなるだろーっというテキトーな発想で行った旅。今考えるとあの頃は何て無謀で行動力があったんだろうと我ながらおそろしい気分。

船中で宮崎大の学生と知り合い、意気投合。宮崎のフェニックスやら鬼の洗濯岩と呼ばれる天然記念物やら宮崎大学を案内して頂いた思い出があります。

桜島のユースホステルにも泊りました。

ドイツ人2人とライダーの女性と同室だった。(以前に書いた関連のブログはコチラ)その大阪出身のよりこさんという女性ライダー、彼女はエレクトーン奏者だったんですけど、鹿児島観光で再度遭遇。行くところがみんなほとんど一緒だから被ります、どうしたって。鹿児島市立美術館でダリの絵を見た後(絵について以前に書いた関連のブログはコチラ)、西郷隆盛の銅像の前でたたずんでいたら、

「あれ~?」

「あら~?」

とよりこさんと再会。一緒にランチのおそばを食べた。よりこさんとはその後、霧島神社にも一緒に行き、写真では二人で仲良く映っている。正直あまり覚えがないのに手元に写真が残ってるから我々はどうやら二人で行ったらしいのだ。

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指宿では知覧の特攻記念館とか砂蒸し風呂とか行きましたね。池田湖のイッシーが出た場所もちらっとバスから見た。春だからあちこち花が咲いてきれいだった。長島美術館にも行った。鹿児島には観光用のバスがあってそれを使って、もちろん仙厳園も行きました。そこからは桜島が最高によく見えた。

指宿で同室になった女性2人組のひとりは、

「私は教員を十年やっていて青春がなかった、だから今大学で宮沢賢治を研究しとります!」

と勇ましく宣言していた。そうかそうか、それは分かったからアタシのベッドを勝手にアンタ達の洗濯物干し場にせんといてちょうだい、とのども元まで出かかったが、トウのたったおばはんたちのパワーに押し負けて言えなかった。いや~あの頃はどうにも若かったです、20代なんて赤ちゃんに近い存在ですからね。私はこんな恥じらいのないおばはんには、絶対なるまい、と決意した。しかし、時におばはんたちはいいことも言っていた。

「結婚なんて勢いでするもんよね~いろいろわかっちゃうと出来ないものね~あたしたちは飲み仲間がたくさんいて寂しくないからいいんだけどさ。(北風ぴゅー)」

とか。おばはんたちはまだ若くて未来ある私のことがうらやましかったのかもしれない。

今の私はそのトウのたったおばはんよりはるかに年上になってしまっている。

旅、特に若い頃にする旅は人生の宝物になる。トウのたったおばはんは分別がつきすぎている。自由になるお金も若い頃よりは持っているので、ヘンテコな人と同室になる船舶やらユースホステルもあまり使わない。でもそれって安全だけどおもしろくないのだ。ヘンテコな人との出会いは人生を結構豊かにしてくれたのではと今は思う。

「西郷どん」を観ながら、そういった青春の記憶をいつもなぞっている。鹿児島の駅にはさつま揚げのにおいがどこかしこ漂っていた。あれを買って食べたなあとか。旅先で書いて出しそびれた絵葉書・・・五感で覚えている事って忘れないもですね。

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京都の祇園祭へ

この時期によく行ったよね~と口々に言われました、

京都の祇園祭。

この時期に京都の人込みの中に突入するのは、

そんなにヤバイ事なんでしょうか。

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京都愛が止まらない。

葵祭も見たし、今度は祇園祭~

そんな、非常に軽いノリで行っただけなのに、

回りからなぜか感心された京都旅。

嵐山にも行ったが、先日の豪雨の爪痕はほとんどなかった。

今回の旅の目的は、

私の京都愛+夏休み前に親孝行&家族孝行旅をしておいてやろうという魂胆である。

夏休み前におばあちゃんを喜ばせて孫と仲良しにさせておけば

子育てヘルプも頼みやすいし・・・

そんな下心も実はアリ。

人と暑さはすごかったが、よい気分転換になったらしく、

みんなに大変に喜んでもらえた。

私の家族への好感度UP作戦は成功したなァ、と思っている。

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もちろん私も楽しんだけどね。

嵐山で京都のおばんざいバイキングではお腹がいっぱいになったし。

祇園で和小物のショッピングも楽しかった。

今着付けを習っている。練習用の帯が欲しかったから、

安く手に入れられた事も嬉しい。ダンナ様用に粋な男物の浴衣も購入。

夏の花火大会や祭りに活躍しそう。

暑いから無用な外出をするな、などとニュースキャスターが言っているけど、

それは無理ですよね

こんなに楽しい事が世の中にたくさんあるのに( ̄ー ̄)ニヤリ

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桜満開の東山動植物園と三保の松原で遊ぶ

春だ桜だウキウキルンルン最近のお出かけ記録の巻

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東山動物園(名古屋);今年の開花は早かった。名古屋も満開、東山スカイタワーもピンクにおめかして、何だかカワイイ感じだった。(リンク: 東山動植物園.)

昔あそこでデートして玉砕したっけ~

そんなことはさておき、お子様たちとお花見に東山動物園に行ってきました。春休み&桜満開で大賑わいでした。

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三保の松原(静岡);ダメもとでキャンセル待ちでツアーに申し込んでおいたら前日に空きがでたと連絡が。ラッキー!三保の松原GO!満席のバスの末席にゆられつつ、焼津へ。焼津のおさかなセンターでお寿司を食べ放題。でも、あんまり食べられなかったのが残念だった・・・私21貫、ダンナ様35貫。これでは大してモトを取ってもいない。朝食はコメダモーニングで、コーヒー・トースト・卵でお腹を減らして臨んだはずだったのに。

駿河湾クルーズで富士山を眺める予定が、雲が多くて富士山は見られず。

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代わりにカモメでも観察しておこう。よく見るとなかなか君たちは美しい鳥だ。

三保の松原の海岸は、松と空と海岸以外は何もなくて、

すがすがしい気持ちになりました。

ここも世界文化遺産に認定されたこともあってか、観光客がたくさんいました。

あいにく富士山が見えなかった為、外国人観光客の方々は、トイレ前に展示してある富士山の巨大な看板を、バシャバシャ撮っている。

日本人なら、“今日はたまたま富士山見えなかったけど、またいつでも見られるからいいや”で済むけど、遠い国からわざわざやって来た方々にとってはそうではないらしい。ルーブル美術館に行ったら必ずモナ・リザを見なくてはならない、そのような感じに近いものがある。これもある意味、富士山信仰の一種なのかな。

桜満開のシーズンを狙って旅をしたはずが、気候の変動などで時期が微妙にズレてしまうなどという事も多い。

今回はめずらしく大満足でした

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子連れで秋の高山祭へ行ってみる

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秋の高山祭りへ(詳細はリンク;高山市観光情報へ)行ってきました。

高山は何度も訪問したことがある場所ですが、子連れかつ高山祭りの日に行ったのは今回が初めてである。

はたして子連れでもそういった場所に行けるのか、かなり不安でありましたし、人が多すぎて危険だの無謀だのと言われつつ、何とか行ってきました。体力があまりないくせに、はりきって歩きすぎてしまい、久しぶりに全身筋肉痛です。

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飛騨牛の串焼きやらソフトクリームやお団子を食べ歩きしつつ、古いまちなみや高山陣屋(昔の代官所;全国で唯一昔のままで現存)などを、かなり念入りに見て回りました。歴史に興味を持ちはじめた娘(小2)が、古文書の意味や古い道具類のことなどいちいち細かく質問ぜめにしてくるので、私は娘の専属ガイドとなって必死に説明して回る。

高山祭りは日本の三大美祭のひとつであると言われているだけあって、屋台は、どれもみな美しく、豪華絢爛で目を奪われました。

華やかな屋台の曳き回しや、からくり奉納などもゆっくり見物したかったのですが、祝日でお天気もよく、ユネスコ無形文化遺産に昨年登録されたことなどもあり、ものすごい人出(昨日の新聞のニュースによると10/9,10の両日で22万人)であったため、正直あまり近づけなかったです。親が観光に夢中になって迷子になってもらっても困りますし、小さな子では体力にも限界があり、遠目から雰囲気だけ味わう形になりました。

京都駅などは外国人の方を案内する体制が出来ているように思いますが、高山はまだ英語の話せるガイドの数や案内が不足しているなと感じました。私が行った高山祭りの日は特に、外国人観光客の方がたくさん来ていて、朴葉味噌の説明にお店の方が困っていたので、私も少しヘルプしたりもしましたね。スマホの翻訳アプリとかありますけど、実際使いこなせている人は・・・いるんですかね~?

紅葉はまだでしたが、美しいものを見て、美味しいものを食べて、開運さるぼぼをたくさん買い込んで、いい気分転換になりました。

帰宅後、「いや~うちのダンナ様は理解ある人で良かったワ~」と病気が去るという緑のさるぼぼを渡しつつ感謝の言葉を述べたら「いやいや僕は理解していませんけど貴女が病人の僕に下の子のお世話を押し付けて無理矢理行っただけでしょうが」などとチクリと言われてしまった。

今回の高山旅の動機としては、介護人は息抜きをしてはならないというばかげた信念を私は持っていないことと、私は最近とてもがんばっているのに、がんばれとしか言われないことがちょっと不満であっこと、かしら。またダンナ様の様子も随分よくなってきたのでちょっと娘とリフレッシュしてきました、まあそういう事です。ブログも久しぶりに書けてちょっと嬉しい。

ではまた

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野外民族博物館 リトルワールドへ

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週末に愛知県犬山市にあるリトルワールド

(リンク: 野外民族博物館 リトルワールド.)へ行ってきました。

ここは大変広い。そして世界旅行に行った気分になれます。

単なるテーマパークと違い、民俗学や人類学などの視点から展示が構成されているのでクオリティが高いうえに、楽しくて、勉強にもなるので愛知県では人気の博物館です。おみやげ品もおしゃれでかわいい雑貨がたくさんあって、充実しています。

私はココ、相当リピートしていますね。

こどもの頃に遠足で来たり、学生時代には学芸員の博物館実習もこちらで受けました。外国のお友達を連れて案内してあげたこともあります。レンタルの民族衣装を着て野外で写真撮影をされている方もたくさんいます。バリの衣装とか、カワイイですね。

若いインスタグラマー集団があちらこちらにいます。動画レポートを撮影してみたり、かわいい写真をみんなでキメポーズで撮ったり。忙しそうだわ~。

ウズベキスタンの国立サーカスが来ていたので、こどもたちは喜んで見ていました。世界肉フェスタを開催中だったので、お肉をたべ歩きしました。途中、歩き疲れて、ヨーロッパエリアのドイツバイエルン州の村で爆睡してしまいました。

以前来た時よりも、お客さんが増えているような印象を受けます。もちろんサービスや内容や建物もリニューアルして、企業努力をしていることも関係しているとは思いますが、SNSが盛んになって、おもしろい絵や動画が欲しい方が増えたこともこのにぎわいに影響しているのではないかしらと思います。

広いが故に混みすぎてはいない所が私は好きです。

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旅は少しの勇気が必要

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楽しいGWを過ごされた方も多いと思います、私は家のお片付け三昧してすごしておりましたので、リア充された方、うらやましいナ。こども達が生まれる前のGWは、結婚記念日+お互いの誕生日記念と称して北海道旅行などを夫婦で楽しんだりしておりましたが、そんな余裕は今は全くなくなってしまいました。

今は家族がいるのでひとりでフラフラと旅を気ままに楽しむことは、少々難しいことになってしまいましたが、フラ~っとどこかへ旅をしてみたい気分には今でもなります、正直。夜中に時々ひとりで葛藤して理性で抑えている感じですかね。

所で、旅にでかけて家に無事かえってくるのは、ふつうのことであると通常は思われております。しかし、それは本当に当たり前のことかというと、実はそうではないのではないかと私は思っています。

二十歳頃の春休みに、アメリカに2か月程、語学留学していて、帰国してから数日後、同じ空港で飛行機の炎上事故があった。もしあれに乗っていたとしたら・・・とニュースを見てぞっとした覚えがある。

また中学生の頃、落雷で同じ中学のサッカー部の先輩が亡くなってしまったが、私はその日はたまたまお腹が痛くて学校から早退して家に向っているところだった。

数年前に旅先から帰宅後、ちょうど数日前に訪れた場所に台風が上陸して、土砂災害で人がたくさん亡くなったりした時は、人の生死のタイミングとは、ちょっとしたボタンのかけちがいでおきてしまうものなのかもと思ったり・・・。

でもだからといって運命とか、不幸とか、よくわからない不安やデマに振り回されすぎるのも何かイヤである。行きたい所には行きたいし、行ってもいいのである。

OL時代に中国旅行に出かけようと思っていたら、SARSというウイルスが大流行してしまい、旅行を中止しようかどうしようか、悩んだあげく行きたい気持ちが勝ってしまって旅行に行ってしまったことがあった。その時に日本で報道されていた中国に関するニュースは、みんなマスクをしている映像ばかりであった。だから私も大量にマスクを買い込んで持って行った。しかし中国でマスクをしている人はどこにも見当たらなかった。京劇を見に行った時に、日本人旅行客グループが集団でマスクをしているのを見かけただけである。

噂は無視をしてはいけないが、大抵、当てにならないものである。

だから旅に出る時は、ある意味、少し勇気が要るのではないかと思う。旅に出るということは日常を一時中断するという意味でもある。色々と準備が必要で、お金も要る、情報収集やコンディションも調整する必要がある。

このところテロや核爆弾、その他の不穏・不安な気分になるニュースが多くてうんざりしますが、人生楽しんでやろうという不遜なひとがあまり減ってほしくはない、と思うこのごろ。自分は、こうやって生かされている側なんだから・・・ね。

GW断捨離でスッキリした部屋を眺めて、そんなことをふと思う。

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嵐山にて遊ぶー①嵯峨野トロッコ列車に乗ってみた

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伊吹山にはまだ雪が残っている。

近江富士をバスの窓から眺めながらまた今年も京都に向っている。昨年は、宇治や京都駅周辺に遊んだが、今回の旅の目的は嵐山で嵯峨野トロッコ列車に乗ることである。お昼にたけのこ御前で腹ごしらえをしてから、トロッコ列車とやらに乗ってみる。この可愛らしい色合いと、レトロな外観はインスタ映えしそうである。

駅のホームは観光客だらけで、ホームに入ってきたトロッコ列車の写真を撮ろうと、一斉にみなスマホやらカメラを構えるので、何気ないスナップ写真を撮るのもひと苦労である。

山桜はまだ咲いていなかったが、保津川渓谷を車窓から眺める。嵐山は紅葉のシーズンが一番きれいだそう。という事は、その時期が一番混雑している訳で、宿泊したければ相当前から予約しておかないと、京都的隠れ家で、静かに竹林の音と川のせせらぎをきいて豆腐料理を頂く、などという優雅な休日を過ごす事はなかなか難しいようである。

トロッコ列車に、乗っていたのはほんの20分くらいであった。観光列車ということもあるが、窓なども少し空いていて、外の空気が感じられる。車内のランプも少し古くて、アンティークな雰囲気を醸し出している。電車で揺られながら車窓から見える空や川の流れを眺めていると、普段は半径500メートル圏内を慌ただしく動き回っているちっぽけな自分を一瞬忘れることができる。誰でも優雅な旅人になる。だから旅の移動はやはり車より電車の方がいいのかもしれない。

そんな事をぼんやりと考えながら、トロッコ嵐山駅で下車し、嵐山散策へ。

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夏の京都旅その⑤ー平等院へ

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石清水八幡宮の展望台から、平等院が近くに見えたので、

急遽立ち寄ってみることにする。

世界遺産。どこも人、人、人、でいっぱーい!
 
平等院には、こどものころに行った記憶がある。

しかし私の記憶とは全く違っていて、目の前の平等院は朱色でピカピカしている。まるで新品のような・・・あれ~何か違うんだなァ、こういうのは・・・という言葉を飲み込みつつ、一応、記念撮影。しかし何か腑に落ちない。これはそうですね、厚塗りしたオバチャンから受ける奇妙な感じによく似ている。個人的な意見ですけど、あまりにもキレイに直しすぎだと思いますね、外国人観光客には受けるのかなァ~あんな感じが。

旅の全体的な印象としては、夏でも京都はやはり楽しかったですね。

京都は古いものを残しつつも、新しいものを生み出そう、そういった機運があり、またセンスが何事につけよい。ナゴヤは京都に比べると地域の魅力を発信する力が全然足りないなァと感じたのであった。

蛇足ですが、京都に行く前の日に、なぜか夢に亡くなった祖母が出てきた。祖母は京都人で平安神宮で結婚式を挙げたそうである。オシャレで元気な祖母だったが、亡くなる数年前はやはりボケてしまい、それが原因で時々夢に出てくる祖母は、いつもどこかが狂っていた。でも今回は普通だった。どこも狂っていなかった。それがちょっと嬉しかった。

また行ってみようかな、I京都。

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