カテゴリー「書籍・雑誌」の記事

知らないうちに新しくなってる!

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新しくなったんですね~ココログ画面。

私が春休みしているうちに。

使い方、えーっとどーなってんだァ。

Reiwa

うちの娘に早速「令和」の書初めをしてもらいました。

この東海エリアでは桜は4月中旬でほとんど散ってしまいましたね。

「万葉集」が話題になっていてふと思いだしたことがある。

大学の授業で「万葉集」をとっていた。

だが、私が覚えているのは先生の雑談ばかりである。

先生は、熊のような風貌で活舌があまりよくない先生であったのだが、

彼女を追って先生が北海道のトラピスト修道院へ追っかけていった話しか、

残念な事に覚えていないのだ。

見た感じロマンチックには程遠い先生にも、そんなアオハルな時代があったとは・・・

それで覚えているんでしょうね、きっと。

先生の授業をもう少し真面目に聴いていれば、ここでうんちくも披露出来たというのに。

いや残念。

「万葉集」の授業で感銘を受けた生徒のなかには「万葉ツアー」に出かけたりしている、

スバラシイ学生などもいると先生から聞いた。

むろん私はそれには参加していない。

学生時代はイケメンハンターに忙しかったので、万葉ツアーに参加している暇など、

あるはずがない。

でもちょっとは参加しとけばよかったと今はやや後悔してますね。

 

 

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ありがとう、ドナルド・キーンさん

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最近ようやくあたたくなってきて、インフルエンザの猛威により全く身動きのとれなかった如月が過ぎる。ふ~、っと一息。花見シーズンももうすぐである。

所でドナルドと名のつく外国人といえば別の方の名前しか昨今はニュースにならないが、わたしにとってドナルドといえばやはりドナルド・キーン氏である。偉大なあの方がなくなられたとは。

リンク: ドナルド・キーンさん死去 96歳、日本文学海外に紹介:一面:中日新聞(CHUNICHI Web).

大学生の頃、あれはどんなタイトルだったか忘れましたが、ドナルド・キーン氏のかかれた日本文学に関する本がテキストだった。

英文で書かれた日本文学に関するテキストの解釈を、東大の先生が講義してくれました。その講義を理解するには英語と日本文学と両方の知識が必要だったので、私にとっては大変勉強になったし興味深かったと記憶しています。

国文学なんていう、最先端でも何でもない、金を稼ぐには最も不適切な学部にきてしまったなァと入学してから気づいたのであるが、時すでに遅し。

大学は暇を買いに来たのだと割り切るしかない、などとひねくれた考えで大学生活を送っていた私でありましたが、なかにはこうして好きな科目であったり、新しい知見を見出させてくれるような教授もいた。

いくら本が好きとはいえ、自分で本屋さんに行って、ぶらぶらとドナルド・キーン氏が書いた英文の日本文学に関する本を手にとります?絶対にとらない。だから大学って、単なる時間と金の無駄遣い・・・ではないと思います。

私が好きな日本文学の作家さんは、ドナルド・キーン氏と交流があって、それで作品を手にとったり、などいう事もあったと思う。だからドナルド・キーン氏の日本文学紹介は私のブック・ガイドみたいになっていた。安部公房を大学の卒論のタイトルに選んだのも何かそういった所がインスピレーションになったと感じている。・・・ただ、今にして振り返ると、俗な考えではあるが、ハルキ・ムラカミ氏を取り上げておいた方が、外国人の方との交流の際や、現在のブログインスピレーション&パフォーマンスをもう少々向上させる為には、役に立ったかも・・・などと思わないでもない。

いやいや、そういうやらしいことはあまり考えない方がよろしいのだ、きっと。

純粋な文学少女、永遠の処女のような気持ちで、ブログや読書はこれからも楽しんでいこうと思っている。

まさに日本文化や日本文学を心から愛してくださったドナルド・キーン氏のように。

ありがとう、ドナルド・キーンさん。

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「津軽」(太宰治 著)を読みながら春を待つ

このごろ寒すぎて春が待ち遠しい気分。太宰治の「津軽」は春待ちな本、というイメージではありませんが、書かれた時期は5月の春の時期なので冬の本ではない。長年勝手に雪国の冬の話だと決めつけて実は読んでいなかったのであります。

太宰治を読むと、やつは5回も女を道連れに自殺を図ったダメ男で、その暗黒の世界に読むだけで引きずり込まれてしまうような、そんな危険があるのではないかしら、と思っていたので教科書的な作品以外はあえて好んで読んではこなかったですね。

太宰治は今でも大変人気のある作家。なぜなんだろう・・・ダメなインテリに多くの女性は弱いことは、まあ確かです。いや、それだけじゃないでしょ~って、うん、そうですね。単調にダラダラと退屈な描写はしないですね。ビシッバシッとキレのよい文体が爽快。あ~何て語彙がないんだろ私。この「津軽」は人間失格系列の内容ではく、太宰目線での、故郷の風土記的な意味で書かれています。

キズ有りワケ有りのりんごだって、味はふつうのりんごと変わらず美味しい。私もスーパーでよく買っている。下らぬ偏見で名作を読まないのももったいないか。40代後半にもなって今更本一冊読んだところで、おそらくオバハンは何という影響も受けないであろう。「津軽」冒頭有名な書き出しの「ね、なぜ旅にでるの?」「苦しいからさ。」とは全く相いれない気分の私でありますが、一応読んでみる。

この本を読むと、青森方面に旅してみたくなります。春になったら太宰治の生家「斜陽館」行ってみるのもよいかもしれない。とはいえ名古屋方面から青森はフラリと気軽に行ける場所ではない。よって「太宰治と旅する津軽」というカラーのガイドブック的な本を片手に読み進めてバーチャルツアーを楽しむ。

太宰治がこの本で描きたかったのは、故郷にまつわる友人、知人、家族、家族同然の養母との交流という事が読んでいくと分かります。津軽も借景として描写はされていますがそんなに重きをおいているような雰囲気はしません。よどみない、勢いのいい文章やセリフで時にユーモラスに、素朴で時としてすこし過剰な津軽人が描写されています。そういう所はおもしろい。作品の最後の終わり方は風土記らしくないですが太宰らしい。

“ 私は虚飾を行わなかった。読者をだましはしなかった。さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では、失敬。”

特徴ある書き方ですね、人間性がすごく出ているというか。冒頭よりも最後の言葉の方が私は好きです。人生は楽しいことやおもしろい事の連続というより、つらく苦しいことの方が圧倒的に多い。だから、弱い人が書いた、全然強くない、失敗だらけの不格好な生き様や小説は、救いになるのかもしれない。

太宰の紡ぎだした言葉は、雪の結晶のようにキラキラと今も輝いている。命のきらめきのように紡ぎだされた物語や言葉は、あたたかい手のひらにのせるとすぐに溶けて消えてしまいそうなはかさがあるが、心の中では消えずに降り積もって輝き続ける。

もう少し太宰治の作品、読んでみようかな、そう思いました。

新年のごあいさつが随分遅れてしまいましたが、牛年の女は、猪突猛進は苦手という事でお許し頂きたく思います、本年もよろしくお願いいたします。

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著者 : 太宰治
岩波書店
発売日 : 2004-08-19

著者 : 太宰治
新潮社
発売日 : 2009-09-26

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村山由佳の「放蕩記」を読む

著者 : 村山由佳
集英社
発売日 : 2014-11-20

村山由佳の小説は中毒になる。
困った事に最近はこの毒にやられてしまっている。
好きな作家の本は全部読みたくなってしまう。
他の作家の本に浮気しても、
やっぱりまた村山由佳の本を手に取ってしまっている。
困った困った・・・

作家に毒は必然。
作品としてトラウマを昇華させれば苦しさも美しい思い出になる。
だから書かずにはいられないのが本音なんじゃないかと思いながら読んだ。
毒を犯罪で昇華させるけしからぬ輩も世の中にはたくさんいる。

こうやって芸術や作品で復讐するのは、
私的にはアリだと思っている。

家族の形をミクロ的に見ていったらこんな形もあった。
家族ってマクロ的に見るとどこも同じように見えるけど、
実はそうではない。

家族にまつわる葛藤が主に描かれているが、
最後は救いのある、愛のある終わり方だと思います。
作家としてに資質を育んでくれた親には、
なんだかんだといいつつも、
感謝している事が伝わってきました。

半自伝的な小説、という事でこの作品は
セクシュアルな描写はかなり抑えて書いているように感じます。

タイトルを見て、
林芙美子の「放浪記」にちょっと寄せたのかなァ
なんて思いました。

単なるのほほんとしたファミリードラマ風に仕立て上げないのが、
村山由佳らしくていいですね。

良い作品や本や芸術には、必ず毒がある。

そして今回も毒にやられました~

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「ホームレス中学生」(田村裕 著)を児童書として再読する

こどもたちと毎月図書館には必ず行くが、ついでに私も児童書を手にして、おもしろそうだなと思うと読む事がある。この本、何年か前にベストセラーになった本だ。お笑い芸人さんが本を書いてそれが売れる、コレはそういう画期的な事件でもあった。その時図書館で借りようと持ったら予約は100人待ちで借りるのをあきらめ、そのブームが去ってBOOKOFFで山積みになって売られていたがなんとなく熱が冷めて買うことがなかった本だな~と思いながら読んでみる。

児童書バージョンがあるとは知らなかったです。
これは小・中学生向けの児童劇の台本としても最適ですね。
本を読んでいて「ワハハ!」と大声で笑える本は、そんなには多くない。
でもこの本は大声で笑える。
家が差し押さえになって、公園生活がする所がやっぱり一番おもしろいですよね。
確か映画化もされました。あの小池徹平クンが演じた主人公が雨でずぶ濡れになっている映像は公園で雨のシャワーを浴びているシーンだった訳ですね、なるほど。
こんなに不幸が連続して起きたら普通は運命を呪って、イジけるか悪の道に転落するものだけれども、空腹のあまりコンビニでパンを万引きしそうになってしまった僕を、亡くなった母への愛が止める。
公園生活を救ってくれた友人の温かさ。あたたかい風呂に入る、ごはんが食べられる、屋根のある部屋で安心して眠ることが出来る、そういう当たり前の生活を送ることが出来ることの有り難さ。そういった事を学ぶにはとてもいい本です。
子どもにはぜひ読ませたい本。
一過性でブームになった本だけど、消えてほしくない名作。
親と家が突然消失するというとんでもない状況を、中学生の主人公は、サバイバル生活みたいに楽しんで(?)適応してしまっているのがすごい。こどもの生きる力って、強い。あるいはこの主人公がとてもポジティブだからなのかな。
親である私が学んだ教訓としては、絶対病気になったらいけないなァ、ストレスはためこんだらダメよねって事。もし夫婦のうちどちらかが今欠けてしまったらどうする?という、夫と普段はしないテーマについて話しをするいいきっかけにもなりました。もし親がいなくなったらうちの子もいつホームレス中学生にならんとも限らんし・・・いや~もちろんそんな事が決してあってはならないけどね。私はずっと元気でいるつもりであるし、他人に助けてもらう知恵ぐらいはちゃんと親としてこどもにはつけておいてあげるつもりですけどね。

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オウム真理教事件とは何だったのかー「アンダーグラウンド」(村上春樹 著)を再読する

平成最後の今年2018年の夏、地下鉄サリン事件の実行犯ら全員が処刑された。出版時は単行本で読みました。村上春樹氏の「アンダーグラウンド」は、オウムによる地下鉄サリン事件の関係者・被害者への62人のインタビュー集である。

抒情的で幻想的な作風で知られる村上春樹氏が、どうしてオウムの地下鉄サリンテロ事件の事を書くのか、当時その事をとても不思議に思った記憶がある。

書かれた時期がちょうどテロが起きた1~2年後くらいなので、描写はとても生々しく痛々しい。インタビュイーにはいろいろな年代や職業の方が出てくるが、今年の夏の全員処刑のニュースを、被害に遭われた方々はどんな気持ちで聞いたのか、想像しながら読んだ。

実行犯の中には医師や有名大学出身のエリートたちが数多くいて、
私はそのことにも衝撃を受けた。

生きることとは、自分が納得できる物語をつくっていくことでもある。
それは時に苦しい作業でもある。

だからといって、誰かが作ってくれた、粗野で暴力的なストーリーに身をゆだねて、恐ろしい無差別テロ事件を引き起こした彼らの罪はもちろん重い。

ただ、本書はそういう事をアピールするために書かれたという訳ではない。

被害に遭われた方々にも当たり前の日常があって、ふつうに生活していて、どの人の人生も退屈な物語はなかった、そういう事が読んでみると分かる。そしてそれがどんな虚構の話よりも深く心を打つ。それは村上春樹氏が一番知りたかった事であると同時に、本書が書かれた目的でもあるのだろうと思う。当時のニューズでは加害者の人生の背景ばかり報道されていた。それに違和感を感じ、自分が知りたい事はそういう事ではないと村上氏は思ったと、本書でも述べられている。

あのオウムによる地下鉄サリン事件は、ちょうど阪神大震災の直後に起きた。ひどい災害の後にひどい人災まで起きた。このままニッポンはどうなってしまうのか?あの頃の日本は世界の人たちにもそう思われていたに違いない。

北海道で大地震が起きた。心が痛む。誰もがこれ以上ひどい事は起きないで欲しいと思っている。ニュースではキャスターが募金を呼び掛けている。でも、TVにうつる惨事は自分の世界とは別、そんなふうに思っている自分もどこかにいる。ちょうど地下鉄サリン事件のテロ事件が起きた時、それはどこか異国で起きたテロ事件と同じだ、と感じていたように。人の痛みを自分の痛みだと感じる気持ちが私にはもう少し必要なのかもしれない。

そんな事を思いながら本書を、約20年ぶりに、あの事件を忘れないために、再読しました。あの頃の自分は、今よりももっと未熟で何か恥ずかしかったなと。しかし、この本を買って読むほどのコモンセンスはあんな私にもあったという事には、まあ少し安堵した。

リンク: オウム真理教事件 死刑執行|NHK NEWS WEB.

著者 : 村上春樹
講談社
発売日 : 1997-03-13

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名古屋市美術館 モネ展へ


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梅雨の時期は鬱陶しいお天気が続き、

気持ちが晴れやかになる時があまりないですね。

所で先日、名古屋市美術館のモネ展へ行ってきました。

リンク: 名古屋市美術館開館30周年記念 モネ それからの100年:中日新聞(CHUNICHI Web).

モネの作品はそれほど多くはありませんでしたが、モネが後の多くの作家たちに多大な影響を与えた事が分かる展覧会でした。

モネといえば晩年の蓮・睡蓮の絵が有名で、モネの池が日本全国にはたくさんあります。マップみたいなリーフレットも会場には置いてあったかな。

モネ自身も日本の浮世絵の構図からヒントを得たり、同時代の印象派の作家の影響を受けた作品などもあるようですが、そういった事は今回はあまりフォーカスはされていないようでした。

展覧会を見た後に、持っていたモネの本をまた読み直しています。

学びなおし。

この本にはモネの絵や関連する作家の事などもたくさん載っていて、

絵を眺めるだけでも楽しい。

人に疲れた時に、モネの風景画や睡蓮の絵を見ると癒されます。

静かに自然を見て心癒されたいけど、

現実はなかなか・・・。

何も考えないで蓮の葉の上でユラユラ横になって眠りたい。

でも、

こうやって展覧会に行けただけでもよし、としなきゃかな。

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読んだ本;「何者」朝井リョウ 著

就活本番、なんてニュースが流れてる、この時期にオススメな本はズバリ、

朝井リョウの「何者」ですよね。

若い時に自分が何者であるのか、分かっているひとはそんなに多くはいない。にもかかわらず、就活する時には、採ってもらうために、もっともらしい、立派な志望動機こさえなくてはならない。自分を社会にソフトランディングさせてくれる居場所を、必死で探し出さなければならない。生きていくお金は、そうしないともらえない。ゴタゴタ子どもじみたことを言っていたらいつまでたっても大人にさせてもらえないのだ。社会って相当、厳しい。

別にカッコ悪くたっていいじゃないか。

何者でもない自分になるため、生きるため、

かっこ悪く悪あがきせよ!

そんなメッセージも感じられる本ですね。

私も最近はしばらくは就活をしていない。でも若い頃はいろいろやらかした。

■ようやくアポを取ったのに面接の日を忘れてすっぽかした

■バイト先のカワイイ短大生があっという間に内定をもらって「女はやっぱ(*_*;かい!」とうらやましく思った

■イケメンな同級生につられて行った説明会ではアンケートに全く記入せず、絵を紙の裏に書いて提出(・・・しかも二次面接にまで恥もなく行った)

■ベルトコンベアーのように何も考えずみんなといっしょに就活するのはイヤだと無駄に両親に抵抗

■好きな事をやるために、折角もらった内定を断って父に「お前はバカモノ!」とどなられた

・・・いろいろ、恥の多い人生。赤面ですな。

20代の就活の時、自分に合う業界なんて全く分からなかった。それなのに自己分析とか、自分の長所・短所を分析して答えろ、アピールしろ、なんて出来なかった。だから履歴書はいつも適当に埋めていた。ほんの20年程しか生きてきていないのに、ふつうの自分に、他と違う特技もへったくれも何もある訳がない。就活は本当の自分を見せる場じゃなく、相手が求める自分をほんの少し、出来るだけ普通っぽく見せればいい、という当たり前の処世術すら知らなかった。

私がもし20代の若者だったら、この本はさらに共感できたと思います。本の登場人物の誰か、この嫌味な輩に自分もなった事、こうやって人生のダークサイドに堕ちたこと、一度はあるなとか。そして朝井リョウという作家をとても好きになっただろうなァと思いますね。

若いひとが書いた本をよんでみるのも新鮮でいいもの。

SNSやツイッター、今の世相も織り込まれていてリアルな感じがする小説です。

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新潮社
発売日 : 2015-06-26

読んだ本;「騎士団長殺し」(第1部、第2部)村上春樹 著

GWを利用して長編読書を楽しむ。

私は純粋なハルキストではないかもしれない。もともとは大学時代に兄が読み終えた村上春樹文庫本を私の部屋に勝手に大量に投入したことがきっかけで村上春樹を読み始めたような印象を持っている。その後もはやり村上春樹本を自分で購入した記憶はあまりなく、周りの家族が買ったものを大体は読んでいる。読んで感想をノートやらブログに書いたりそんな面倒なことを好んでする輩はもちろん家族のなかでは私だけである。読書は個人の楽しみで、ブログに感想など書かなくても本来はよいのですが、インターネットに自分の個人的な感想を載せるだけで時折、作者本人からダイレクトにメッセージやリアクションを頂けることもあるし、本好きな方々と交流できるのはとても楽しい事だと私は感じております。

今回もそんなこんなで読んでみた。

この本は、夫婦の危機を迎えている肖像画家の30代後半のおじさん(?)が人妻と不倫したり、謎のご近所さん金持ちシニア男性と交流したり、女子高校生と友達になったりしつつも、最終的にはなんとか元妻と家族を再生して子育てに頑張ろうと思う話、ですね。

あらすじをまとめると結構ありがちなお話しである。

でもただそれだけに終わらせないは、やはり村上春樹マジックというべきか。

今回のタイトルはちょっと仰々しい感じがするので、これは気軽な娯楽として読めない本なのかしら、と思っていたら別にそうでもなかったですね。

第1部の方はややセクシュアルな描写が多い気がしますが、それらは第2部のストーリーに読者を誘い込む餌にすぎない、恐らく。「家族」がストーリーのメインになってしまったらまるでTVのホームドラマみたいではないか、そんなのは村上春樹らしくないのではではないか、そんなことを思う方がいるかもしれませんが、そうではないと断言しておきます。ちゃんとファンタジックな要素も盛り込まれていますので、私は途中から「これってハリー・ポッターだっけ?」などと思いながら読みました。

色々と歴史的な出来事や、時事的な事件なども、ストーリーには若干織り込まれていているので、これは現実と完全に乖離したファンタジーではない事が示唆されています。だから最終的には「いや、これはハリー・ポッターとは違うぞ」と思いながら読みました。そうですね、これをTVホームドラマ仕立てにしたって別にいけないことはないですよね、そういうオファーを私が出来たらいいのですが・・・。かのノーベル文学賞のカズオ・イシグロ本だってTVドラマ化されているし。

で、このタイトルのものものしい「騎士団長殺し」は一体何なのか?

についてはここでは一切言及しない方がいいような気がする。

それは言ったらアカンことでしょー。

(謎めいて終わりたかっただけか?)

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著者 : 村上春樹
新潮社
発売日 : 2017-02-24

著者 : 村上春樹
新潮社
発売日 : 2017-02-24

読んだ本;「W/F ダブル・ファンタジー」村山由佳 著

著者 : 村山由佳
文藝春秋
発売日 : 2009-01-08

個人的には大変おもしろく読ませて頂きました、好きですね。

こんな風にアラフォー女性が感情移入出来る小説って、なかなかないのです。

でもこれはいいですね、すごいですね。気合を感じます。

一見、官能小説風。
でもこれは女性が自立していく脱皮物語でもあるのかな。
女性のファンタジーを実際にありそうな、
リアリティのある設定で書いてくれているので、楽しい。
男性が主人公だと、どうしても女性読者は、
時々置き去りにされたような気分になる時がある。
それがあまりなかったですね。
主人公の脚本家の女性がエネルギッシュです。
夫と離婚して自由になって次々と男性を狩ってゆくさまが、
エロスというよりは、古い自分の殻をやぶって壊していく
闘争のプロセス、そんな印象もうけました。
映像化もされているようなので、
見てみたいですね。

私はこの主人公のようにエネルギッシュに生きることができるだろか、

と、ふと思う。

・・・・いや、とてもじゃないけど無理なので、

読むだけにしときます。

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