カテゴリー「恋愛」の記事

古傷で思いだす中学時代の胸キュン♡

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こども達の夏休みも終わり、

夏の盛りにあれほどけたたましく啼いていたセミも今は静かである。

我が家のリビングにもようやく静けさが戻ってきた。

パソコンをぽちぽちしながら、のんびりと心の洗濯をしている。

自分の時間が全くといっていいほどなかった夏休みであった。

でもこどもたちとたくさん触れ合う時間があったので、

それなりに充実した時間をすごせたと思う。

あちこちを一緒に歩きまわりすぎて、

膝関節の痛みに今悩まされている。

夏の後遺症か。

中学生の時、スキー合宿中に膝の関節炎になっているので、

この痛みは昔の古傷のせいなのか、年齢のせいなのか、

よく分からない。湿布と軽い運動で経過観察中。

その時の事ですが、

スキーで転倒したせいで、

数か月松葉杖生活を送る羽目になってしまい、

大好きだった体育も半年ほど見学する事に。

体育の成績は5→3へ。

あんまり悔しくて涙がでた。

そうしたら体育のイマイ先生(女性)に、

「泣くな~っ!」

と叱咤激励されてしまった。

ちょっと凹みそうになった。

厳しいことで有名な女性の先生でした。

時期が冬だったので、あるとき学校の廊下が凍っていて、

松葉杖の私は渡れずに困っていた。

するとたまたま体育のヨシダ先生が通りがかって、

困っている私を見つけると、何と、

ヒョイと私を抱きかかえて廊下を歩いてくれたのである。

そして松葉杖のせいで、垂れた鼻水すらふけずにいたグズグズな私の鼻を、

指で拭って、にこっと笑いかけてくれたのです。

ヨシダの先生の優しさとイケメンぶりにズキューンとやられました。

大好きな体育に参加出来なくなって、

ちょっと卑屈になりかけている自分を、

ヨシダ先生の優しが救ってくれたような気がした。

その時私はヨシダ先生にちょっと恋したかもしれない。

だからそのイケメン体育ヨシダ先生が、

美人保健室ヤマモト先生とドライブデートをしているのを、

部活帰りに偶然目撃した時は、

ちょっとハートブレイクした。

「大人っていいよなァ」とその時思った。

時々青春って甘酸っぱ~い、ものですね。

 

 

女子はみんな山中君が好き


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そういえば今日はバレンタインデーではないか。

Loveしてますかァ~

さっき飲んだビールの酔いにまかせて小さな恋バナをひとつ。

小学生の時に山中君という足の速い子がいて、

クラスの女子はみんな山中君が好きだった。

ドッチボールで絶対みんなが取りたくないと思うような剛速球の玉を、

パシッっとかっこよくキャッチして、次々敵の陣地にいるヤツにあててくれる。

すばしっこくて、器用。キツネ目でそれほどイケメンではなかったが

クラスでトップ3位以内に入るくらい人気者。

いつもオシャレな服装をしていて、

当然私も山中君のことが好きであった。

ある時、山中君はいたずらをして、それで担任の先生にひどく叱られて、

怒られた恐怖で山中君はおしっこをもらしてしまった。

まあ何と言っても小学2年生ですから、仕方がない。

山中君にはちょっとナーバスな所もあった。

でもその一件があっても、私やみんなは山中君のことを決して嫌いにならなかった。

近所に山中君は住んでいた。両親は離婚していて、ちょっとやんちゃな弟がいた。

当時、下校後は宿題を近所のグループでやるようにという指示があって

山中君はそのグループ学習のメンバーであった。

「勉強」という口実でみんなの憧れの山中君と一緒にいられる訳ですから、ラッキーだった。宿題が終わるとみんなで遊んだ。あまり勉強には集中はできなかったけど、グループ学習は楽しかった。

ある日のグループ学習の時、たまたま友達の女子が休んで、私と山中君ともうひとりの男子だけになってしまい、私は山中君におパンツを脱がされそうになった。今考えると。それは結構なハプニングであるはずだが、私にとってそれはそんなにイヤな記憶ではなかった。どちらかというとそれは妙に妖しくどきどきする感覚に近いものである。

小学2年生の夏に、私は父の仕事の関係で一家でアメリカに行くことになり、その楽しいグループ学習からひとり離脱する事になった。

私がアメリカから帰国した頃には、グループ学習などという制度もなくなっていた。

帰国後、山中君には「オマエ、アメリカに行ってきたらバカになったなァ」というショッキングな事を言われ、私の彼へ気持ちはすっかり冷めてしまった。そうして程なくして今度は山中君の方が他県へ引っ越していってしまった。

幼い恋ははじまることもなく終わることもなく、ただ雲間に消えた。

子どもの頃の思い出はそんな未消化なものの連続、なのかもしれない。

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今すぐ恋がしたいひとのための7つの恋愛習慣

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クリスマスですね、
私は先日坊やとジンジャーブレッドクッキーで家をつくってお菓子でデコレーションするというクッキング教室に参加してきました。今日もらぶらぶでございます
 
所で、あなたはいますぐ恋がしてみたいですか?
 
クリスマスだし、たまにはあま~い事でも書いてみようかしら。
 
<私が若い時に実践していた7つの恋愛習慣について>
 
①下らない恥や見栄を捨てて、“誰かいい人いませんか?”と100人の人に言って回る
②なるべくひとりで行動する事、ママとベタベタするな、親離れしなさい
③出会いの場にとにかく出かけること、休日は家に居てはいけません
④出かける時は必ず香水をつける
⑤経済力をつける
⑥読書をするな、書を捨て、ネイルをせよ、エステへGO!
⑦オススメのお店やデートスポットを三か所以上、すぐ言えるようにする
 
要するに分かりやすく意志表示する事がとても大切ですよね、恋愛をしたい場合は。
先日NHKで特集をやっていたが、
恋愛などという不効率なことをすっとばして、
すぐ結婚したいひとが最近増えているという。
恋人などという面倒くさいものは要らない、子どもと経済的安定はとりあえず欲しい、
あるいは、ひとりで十分楽しい、ひとりが楽しい、
そんな若者が増えているそうである。
実に嘆かわしい。
そんなに傷つきたくないのかしらと思ってしまう。
 
原因は今の若い世代には恋愛をする経済的、時間的ゆとりがない、
SNS監視社会等が恋愛のジャマになっているそうである。
 
ふ~ん、まあそれもあるのかもしれない。
 
あとは、基本的に忙しい方がなぜかモテます。
 
嘘でもいいですから忙しそうな自分、
周りに引かれない程度に充実してる自分、な雰囲気をかもしだしてみるのもオススメです。
恥ずかしがらずに肉食系の自分に変身してみてください。
とはいえ、あまりに飢えた獣のようなギラギラした印象もよろしくありません。
見た目は、清潔で清楚な、この人って、・・・草食系?
のような印象にするとよいと思います。ややこやしい。
今スグ恋がしたい若い方も、ひょっとしてこのブログを読んでいるのかもしれない。
そんなひとたちににむけて今日はめずらしくブログを書いてみました。
バブル時代な時代のおばちゃんのアドバイスでは、あんまり参考にならないかな~
などとも思いつつ、お節介かつ適当な事を今日も書いてみました。
では。

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結婚式で出会ったひとと・・・


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最近は子育てに追われて、結婚式などという華やいだ席に呼ばれることはほとんどない。知人友人もそれぞれの道を歩んでいる。かつての友人たちとシンクロする部分が少なくなってしまい、互いに連絡を取り合うこともなくなり、実は少々さみしい。私はその寂しさを何となくブログをこうやって書くことで紛らわしているのかもしれない。
独身時代にはよく結婚式に招かれた。親友の為に内緒で、高校時代の恩師が登場する、ビデオレターを作成したことさえある。私っていいヤツだなァ・・・まあ、当時は相当なヒマ人であったとうことか。
その素敵な演出を考えたのは、実は、新郎の友人A氏であった。私もそれに乗っかって協力したような形である。大切な友人の為に何かしてあげたい、そんな気分だったと思う。
A氏とはそのサプライズビデオ作製の件で何度かやりとりをしていたが、実際にあったのは友人の結婚式が初めてであった。私同様、A氏もいいひとそうであった。
当時まだ独身であった私は、結婚式では花嫁からブーケも頂き、親族席で大量のワインを飲み、ハーッピーオーラーを嫌という程頂き、早く私も嫁に行かねば、そういう決意を新たにした日だった気がする。
その友人の結婚式から数日後、突然A氏よりメールを頂いた。
もしやデートのお誘い・・・?と思ってそのメールをひらくと、あの、いいひとそうなA氏からは想像もつかない程の、ぶしつけなる内容のメールである。
私は大変ショックを受けた。
“実は・・・・信じられない程不快な内容のメールがA氏から送られてきたんだけど・・・”
と、そのメールを友人に転送した。後日判明したのは、A氏は喫茶店で携帯電話を忘れてしまい、悪意な拾い主が、メールを勝手に送信したんだそうである。
A氏からは丁重なおわびの言葉と、よかったらお茶でも、とデートのお誘いを受けたが、このように不注意な人とは、仲良くなるのは無理であると思い、私も丁重にお断りした。
だから、
結婚式で出会ったひとと、・・・あま、何もなかったというお話し、ですか。
つまらないオチですいませんでした。
あっ、あとは、人生においてはNGなミスもあるってことですかね、ハイ。

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最近読んでしまった本「火花」;だめんず文学なんだけど・・・

このところやたらとだめんす(ダメ男)関連ニュースが多いですね、
いやいや今の日本って、要するに平和なんでしょう。
だめんずにはカルチャーがあるのでしょうか、
悪の魅力ルチャーのようなものは確かに持っていると思います。
かく言う私も、
「オレは太宰治が好きだ」
そのようなことを言うだめんずに、
やはり遭遇してしまったことのある経験の持ち主です。
若い頃にだれでも一度はあるある、ですよね?
しかし、やっぱりね、彼らは確かに持っている。
変な、だけど異性として魅力的なオーラをですね。
日本のだめんずピラミッドの頂点にいる男は、
そりゃ、太宰治です。
イケメンで影があって文才があって、どこかひねくれていて、
女を不幸にひきずりこむのでアール。いやはや、恐ろしい。
(もし太宰フャンの方がいたらすみません・・・
「オレは太宰治が好きだ」
いいところの子女はそういう事を言うオトコを決して好きになってはいけません、
必ず不幸せになります。
私はテレフォンデートで、「人間失格」やら「斜陽」を朗読させられましたね。
今となっては甘酸っぱいというか、ほろ苦い思い出ですか。
何の意図があったんだろう、あれって・・・恐らく、メッセージとしては、
「オレ様は太宰治みたいなだめんずだけど、オレ様ってイケメンだし、
才があって、キミもそんなオレ様に惚れてるだろ?」
そんな所でしょうか。
そういえば、例の芥川賞芸人のアノ方もそんな事言ってますよね。
あの又吉さん。
文学好きの母が又吉さ~んイケメン又吉さ~ん「火花」と連呼して、
文芸春秋を回してきたので、ついつい「火花」を読んでしまった。
流行りものにのっかるのはあまり好きではないのですが、感想は、
“コレ、又吉さん、そのまんまやね~ん!”
誰でもそう思うでしょうけど、月並みな感想でどうもすみません。
だめんず小説(ダメ男だけととこか純粋な所があるダメ男のダメ男ライフを描く)
ですが、読んだ後は、何かを必死で追いかけている時に発せられるであろう、
微熱のようなものが伝わってきました。ラブストーリー的要素はあまりないですね。
こういった小説の中に成功したITビジネスマンなどが出てきたら幻滅しますが、
そういった事はないので、安心してください。
だめんずたちには、イケんず(=社会的に十分間に合っている、
それなりにやや成功したと思われる人)にはない人間的魅力があるので、
文学的には、そうですね、
やはりだめんず小説はおもしろいですね、
おもしろいと言うか、個人的には好きと言うべきかな。
 
著者 :
文藝春秋
発売日 : 2015-08-07

 

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あだ花

市内に住んでいる母とは時々会ってランチなど一緒にしております。
母は今年で70歳、とは言っても戦後世代なので、あまり戦争の話はしたことがありません。
今年は戦争に関するニュースを戦後70年ということで、私もここで戦争に関連することなどを少し書きましたし(コチラ「我が家にあった戦時中のもの」参照)、あちらこちらで戦争の話をよく見聞きし、母とも戦後のくらしの話などを少ししました。
戦後は男の人が減って、未亡人や孤児が多くいたようですから、もし私がその時代に生きていたら、今のような普通の家族や家庭を持つことは困難であったかもしれませんし、独身のままであったのかもしれないなどとも思います。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
祖父の知り合いで女医さんがいたそうですが、夫も医師で、戦時中は軍医として召集されていました。戦争が終わって、ようやく帰還した夫には、戦地で知り合った、おそらく看護婦だったのでしょうか、既に別の親密な女性がいました。戦争が終わって、これから人生を再開できると思った矢先に
「別れて欲しい」
などと言うわれてしまったとしたら、やはりその時は絶望するでしょうね。
しかし、戦争で、生きて帰ることすらできなかった人も当時は数多くいた。だから、普通だったら許せないけれども、やはり赦すしかないでしょうね。生きて帰ってきてくれたけでも、いいと。
長く離れてしまえば、いくら夫婦とはいえ、そもそもが他人同士であって、親兄弟などとは違います。当事者にしか本当のことは分かりませんが、どうにもならないものは、どうにもならないのかもしれません。
その女医さんにはふたりの息子さんもいて、男親がいないのはかわいそうだから、と祖父は頼まれて、よく母はその女医さんの息子さん達と一緒に釣りに行ったそうです。母がミミズを釣り針につけると、
「ようそんなものが触れるなァ」
とひどく驚かれたとの事。
戦争が原因で別れることになってしまったその医師夫婦は、別々にくらしていたのですが、こどもたちのことは気がかりであったのか、籍は息子らが成人するまでは抜かず、そのままにしていて、時々、東京に住んでいる元夫のもとに、その女医さんは印鑑やら書類をもらいに行くこともあったようです。
戦争によって複雑な事情をかかえこんでしまった家族は、他にもあったようです。健康で元気な男子はみんな戦争で死んでしまい、男子があまりいない訳ですから、戦争未亡人は残された弟の方と再婚した、そうしたら死んだときかされていた兄は実は生きていた、などという事もあったのではないかと思います。
その女医さんの息子さんのひとりは後に、医師になって、開業医の娘婿になり、4人のこどもに恵まれて、めでたしめでたし・・・かと思いきや、後日談がありまして、もう少しの我慢で全てが手に入るはずであったのに、看護婦さんとデキてしまい、医院から追い出されてしまったそうです。
私が時々利用するUFJの銀行の駐車場は、もとはその医師の所有地であったと聞く。慰謝料か何かのためにお金が必要だったのか。こんな話は生きていく上では知る必要が全くない情報だなと思いつつ、これも一種の親孝行だと言い聞かせて、母の話を私はいつも黙って聞いている。立派に医師になったはずの息子がこんなことになっているとは、
天国のお父さん:「やっぱり俺の息子だな、血はあらそえないな」
天国のお母さん:「やっぱりあなたの息子だけあって、同じことするわよね、女にだらしがない」
と、言っているかどうかは、私のようなものには全くわかりません。

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別れの作法


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夏の暑さが少々和らいできたので、

恋愛について考察してみようかしらとふと思いつく。

秋は、そうですね、何をするのも良い時期ですね。

夏の恋は、打ち上げ花火と同じ。

夏の暑い熱気が、誤った蜃気楼を頭の中に発生させます、

よって、長続きさせることは凡人には困難であると思います。

愛を育むのに一番良い時期とは、

実は秋なのではないかしらと個人的には思っています。

恋愛につきものなのが、別れ、ですか。

出会うは別れるのはじまり。

切ないけれど、それは事実だからしかたがありません。

想いを一時的には手放さないと、次の出会いにも進めない。

別れは前向きな自分になる為の一歩、ですよね、思いっきりポジティブに言うと。

別れに作法などといったものは基本的には無いと思うのですが、

別れようと思っていた相手に、

先手を打たれる(=先に「別れよう」と切り出されてしまう事)

のは、ちょっとイヤですね。

こっちが振ろうと思っていたのに・・・・ですよ。

男女がくっつくのは、

「好きだ」「愛してる」とか適当な事を言って、

手をつないで、キスして、どこかにまぎれこんでしまえばそれで成立するのである。

でも、別れるとか、未練を断ち切るとか、は結構難しい。

恋愛初心者の時は、普通に2、3年位はトラウマを引きずってましたね。

若かりし頃の私は本当に毎回ぐだぐだであった。

もう会えないと分かっているのに連絡してしまったり、

連絡先を携帯電話のリストや住所録から削除できなかったりして、

次の恋愛になかなか進めなかった。

あるいは友達のままでいればいいのに無理やり進んでしまって、

自爆(?)してしまったりと、多種多様な残念な別れのパターンが思い出されます。

でもどうやってひとつづつの恋愛を終わらせていたかと言うと、

■思い出の遺品(?)を廃棄・焼却する■これはよくやりました。

南無阿弥陀仏、チーン!です。ひとり恋愛葬儀。

それと、

■負の思い出を最期につくる■ってのもアリ。

地下鉄の駅校内でビンタとか・・・茶番ですけどね。好きだから別れをつげられた怒りで思わずそうしてしまった。ダメですね。終電間際の駅構内などをよく観察したらこんなバカップル達が結構います。

■手作りプレゼント・手紙等を贈らない・貰わない・ツーショット写真は最小限に■

これは我ながら結構いいアイデアだったと思います、よって今のダンナ様は独身時代の私からのプレゼントやツーショット写真はあまり持っていない・・・ハズだ。

■早く次の恋愛をする■

でもこれは実は効果があまりなかったですね、人間そう簡単には変われない。気持ちを引きずったまま無理やり別の人とつきあうと余計に傷は深くなるような気がします。だから失恋したら、容易には受からない難しい資格にチャレンジするとか、一時的に恋愛真空状態と言いますか、松尾芭蕉的な旅人になるとかしてましたね。勉強やおけいこ事は失恋には癒し効果があります、少々利口にもなれますし、新たな出会いなどもあったりして大変気分転換に良いです。

■友と遊ぶ・失恋ソング熱唱・飲む・買い物・趣味・アイドル(虚像)・仕事に逃げる■

これが一番一般的な解消方法ですか。

このようにいろいろあがいてみても、未練がましく以前の想い人に連絡して、人生相談めいたことをしてしまったことなどもやはりありました。ですから「若い」と書いて「バカヤロー」と読むのが正解かもしれない。

失恋にお金やら連れ子などがかかわってくるとちょっと複雑な世界に入り込んでしいますが、私のスバラシイ人徳のお蔭でしょうか、そのようなトラブルには巻き込まれたことはないですね、怪しげな詐欺師まがいの男にNY行こうなどとお誘いを受けたことはあります。

織姫さまと彦星さまみたいに、たま~に出会うってのが新鮮で一番いいんですけど、それじゃあおつきあいしているとはいえません、その程度の頻度でよい方は、単なるお友達にすぎません。

別れてしまう時の、お互いに好きの残留数値は100:0とか、0:0ではないことが多い。70:30とか、63:26とか。別れとは昨日までの自分をも否定する事にもなる。時間とともに残留数値が減少していくのは確か。

個人的には忙しさにまぎれていつのまにやらフェイドアウトする、そのような曖昧な別れ方が、好きです、あら、ずるい。とはいえ、別れぎわに変にやさしくってのが、一番気持ちに区切りがつがずに残酷だったりもするんですけど。

別れは、そうですね、出産に例えるのならば、無痛分娩がいいですね、痛む所だけ取り出して、キレイな思い出だけ記憶に残ってもらう。だからもー何言ってんだか・・・・

一番良いのは、別れないくてすむような、価値観がそれなりに共有できる方となるべくおつきあいする、ことです。しかし、そのような当たり前のことが、若かりし頃は全然わからなかった。全くもって学習能力がなかった。でも、そんな未熟な自分が、今ではちょっと懐かしかったり、愛おしかったりする。だから今でも時々、深夜に当時のノートを読み返しては、ひとりで赤くなったり冷や汗を書いたり、勝手なコメントをつけたりして遊んでたりします。

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SNS上手≠恋愛上手?

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最近は電車に乗っている人を見るとスマホをいじってニヤニヤしてる方が多いですね。

つながりたい病か、つながらないと落ち着かない病か、なんだろう、えっ、私もかしら(笑)、ひとりぼっちは寂しいですから・・・。しかし、SNSは楽しかったり、逆にイライラさせられたり、これは単なる電子機器なのに人に色々な事を想起させる、本当に不思議な道具ですね。ドラえもんもびっくり

便利な社会になって、おひとりさまを楽しめるようになったら、みんな、逆にさみしくなってしまった、そして井戸端会議がどこでも出来るようなしかけを考えた。それが“SNS”と私は勝手に解釈しております。

今の若い人はいいですね、うらやましい。

便利なツールがいっぱいあって、出会いのチャンスも、お指でケータイ画面をちょっとこすって「いいね!」するだけでいい訳ですし、その時に鼻毛が伸びてようが、すっぴんであろうが、髪ボサボサであろうが、そんな事は、お指の先の相手には全く伝わらないですし、ラクでいいなァ~。

武装してコンパやダンパに行ったりする労力もなく、出会いのチャンスが、SNSを上手く使えばあるのは、さぞや恋愛などもラクラクにこなせるのではないかしら、少子化対策にもつながるのでは、などとおばさん的には思うのですが、どうもそうではないないようですね。

内閣府の「少子化白書」によると、出会いの場がないし、恋愛は面倒(えっ、えェ~)と最近の若い方は思っている(リンクはコチラ)との事。

恋愛にSNSが有効かと考えると、う~ん、どうなんでしょう。特に若い時などは学歴等に関係なく男は100パーセント外見から入ってきますし(オスとは種の保存の為にそのように行動する生き物ですから、仕方がないとは思いますが)、SNS上手≠恋愛上手でしょうね、恐らく。メス的には、何でもすぐケータイで調べる男は、どこか何か頼りなく小心な男に見えてしまう。便利さにあまりにも頼りすぎるとかえって恋愛ベタになってしまうのではないかしら。

それに相手のことが何でも分かってしまうと、かえって好きじゃなくなりますよね、普通は。身近すぎる相手には幻滅するといいますか、異性に対してはちょっとミステリアスであって欲しい。

SNSを使ったら連絡は取りやすいですよね、たしかに。でも、過去の恋愛遍歴等もバレてしまうし、婚活中は大バーゲンセール中でもある訳ですから、もし複数の方々と同時並行的におつきあいしていたらそれもバレてしまうし、あんまりいいことがないような気がする。

会う所からいつも恋愛ははじまっていたんですね、若い頃のことをふりかえると。でも今はネット上で擬似恋愛して実際に会うことなく別れてしまうこともある訳ですよね。さほど傷つかなくてもよいのは、メリットか・・・?

実際にデートするとしたら服やらお化粧やらお肌のお手入れやら、スケジュール管理やらお金も要りますし、相手に好かれる為にやったことで逆に嫌われてしまったり、恋愛って実は相当ややこしいこと多いです。面倒くさいことだらけ。

自分が恋愛・婚活も真っ最中に、現在のような、少々便利すぎる、SNSツールがなくてよかったとも個人的には思っている。若い頃の脳が未成熟だった自分にはこれらの便利すぎるツールは上手く使いこなせなくて、自滅したであろう。

実際、お手紙で、ゆるゆるとやりとりしているうちはいいおともだちだったのに、すぐに返せるメール&ケータイの登場で壊れてしまった異性関係も、過去にはありますね。それらは本来、関係をつくる時に役に立つツールのはずなのに、関係を壊すのに役に立ってしまった。よって、

「若い」と書いて、「苦い」と私は読む。

当時の私の脳細胞が非常に未成熟であった事が諸悪の根源だったか。

今は少々マシな脳細胞に進化したように自分では思っておりますが、

どうなんでしょう。

私のことはさておき、スマホはどっかに置いて、もっと屋外で遊ぼう!

若い方にはそう言いたいですね。

おばさんの今朝のぶやきは以上です、どうもどうも。

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結婚指輪をしているのに・・・


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先回のブログで、私が若かりし頃に古きよき物に関心があって、普通の女の子が関心を抱くような事にあまり関心がなかったかのような事を、格好つけて書いてしまったのですが、全然恋愛やら婚活やらをしていなかった訳でもありません。普通に誘われればコンパに行ったり、社会人テニスサークルみたいなものはやっておりました。下手なのに、方々に声掛けするので、一時は私がテニスのコーチだと思われていたり。それに、20代半ばともなると、いくら理想に燃えていたとしてもいろいろとまわりからとやかく言われてしまうんです。知り合いのおばちゃんに、あなたお見合いしない?とか。

お仕事関連のお友達で、Mちゃんという大変美しくてセクシーで、気がきく女の子がおりまして、私の高校のひとつ上の先輩だったという事もあり、その当時結構、仲良く遊んでおりました。コンパなどにも時々呼ばれて私も行きました。美人でアクティブな彼女ですから、色々な方から幹事などを頼まれていたみたいです。

それである時に、Mちゃんに呼ばれて、飲み会に参加したのですが、囲炉裏があって、とっても高級なかんじの、純日本料理のお店。

囲炉裏でお魚焼いてるお店ですか~!っと気軽な居酒屋にしか行った事がなかった私はややびっくり。

飲み会の男性メンバーは全員新聞記者さん、という事で、やたらと巨大な望遠レンズのついたカメラをみなさん持っていらっしゃる。やや内気そうな若いな男の子がひとりいて、その方以外の男性は、みなさんしっかりと指に結婚指輪をしていらっしゃる。

:あの、これ(=指輪)は、何ですか?

:ん・・・っ、いや~これはね~、ん~何だろ~ね、ハハハ・・・っ(*^-^)

:(ハハハ~じゃないでしょーが・・・\(*`∧´)/・・・軽っ!)

これ通常のコンパじゃないでしょーっ、ほぼオール既婚者コンパなんて聞いた事ない、裏切られたァ!とその時一瞬、思ったのですが、あまり望ましくない状況でも、それなりに楽しそうに振る舞うという事が出来る年齢であった為に、不覚にも二次会のカラオケにまで参加してしまった。

デュエットとかしたがるんですね、その既婚者さんたちは。

そして巨大なカメラでみなさん写真をやたらとバチバチ撮りたがるんですね。あの、こんな至近距離でこれみよがしに望遠レンズとか、必要ないです、って。

私は当時、独身者でしたので、誰と一緒に歌を歌おうが、何ら問題はなかったと思います。それに私も相当に酔ってましたから、肩をくんで楽しげにデュエットなどしてしまいました。そしてバチバチと、写真を撮られてしまいました。お酒が入ると、若い女のコの変なポーズ、写真をとりたがる、という男性の習性はあれ、一体、何なんでしょう。お酒を飲んで油断している姿が可愛らしい、といった事でしょうか。とにかく、よく分かりません。女子にはそういう習性は一般的にはありませんので。

最後にはその唯一の独身者であった、やや内気な若い記者さんが、私を家まで送って下さいました。

後日、その既婚者とデュエットしている写真を記念にと、手渡されました。

こんな妙な写真、もらっても困りますし、名刺とかも要らないっーの!アナタ結婚してるんでしょーがーっ、一体何考えてんだか・・・と彼らの狡さには気づきつつも、すぐにはそれらの写真を捨てる事ができなかった若い頃の私は、今考えると相当優柔不断な人間であったように思います。若いってちょっと情けない瞬間がありますよね。

ですから、結婚指輪を律儀にはめている男性が誠実だなどとは、

到底考えられないです。

私もダンナ様も、結婚指輪、一応ありますけど、してません。

クローゼットに大切に、永久収納。

そういえばMちゃんは今頃どうしているのかしらん、先日地元のCATVで何かをレポートしている姿をちらっとみかけたような。

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DVD鑑賞「ある愛の詩」

英語の勉強で“Love Story”を読んで感想をここに書いていたら、

(関連するブログはコチラ)お友達がコメント欄で、

この作品が映画化されたものがあって、

音楽がとても切なくていい感じ・・・とオススメして下さったので、

早速観てみました。

古い映画もたまにはいいですね。

どぎついシーンやら特殊効果が全くないレトロな感じの映像は、

そうですね、意外と新鮮かもしれないですね。

妻・恋人が最後に亡くなってしまう、という設定は

悲劇のラブストーリーとしてはありきたりかもしれません。

文学・映画・演劇・ドラマなどではくりかえし出てくるモチーフ、

であるともいえます。

しかし人は、結局はそんなに複雑に出来てはいないのでしょうか、

この単純極まりないモチーフに心動かされてしまうのは、

不思議なことです。

愛する人を失う悲しみは、誰にでも共通する気持ちですし、

妻・恋人でなくても、例えば、親とか身近な友人とかでもそうですよね。

ここに登場する、ジェニファーが音楽を愛する女性として描かれているので、

音楽は重要なファクターなのかもしれません。

ですが、この映画を見た後の私の印象は、

・・・雪、

ですか。

それ程よくこの映画の背景には出てきました。

切ない、悲しみを表現するのには、雪、なのでしょうか。

そのあたりが、原作と映画では解釈というか、イメージが違うような、

そのような印象をうけました。

古い映画、例えば、ヒッチコックの「鳥」などは、

英語がゆっくり、はっきり、話されていて、

英語学習には、

ハリウッド映画の様なスラング満載のものより

少し古い映画などの方がいいのかもしれません。

とにかく、

オススメして下さってどうもありがとうございます。

こういう出会いも、楽しいですね。

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著者 :
パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン
発売日 : 2006-11-02
2019年9月
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